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死後の世界はない?葬儀屋が考えてみた

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仕事柄、死後の世界はどうなっているのかよく考えることがあります。

 

死後の世界はないとも聞くし、あるとも聞きます。果たしてどっちが正解?それは亡くなった人にしかわかりません。

死後の世界

今回は僕なりに死後の世界について考えてみたいと思います。

 

仏教の死後の世界

実際の死後は分かりませんが仏教では死後の世界が定められています。

 

人の死後、あの世へ行くわけですがその世界は一つではありません。その世界は6つあり、それを六道と言うのですが天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道という6つの世界に分かれています。

 

またすぐにその世界に行くわけではなく、それぞれの世界へ行く期間が設けられています。それが法事などでよく聞く中陰と呼ばれるもので、この世とあの世の境目に当たるところです。

 

その中陰の期間は49日間、その間にさまざまな試練があり最終的な決定を命日から35日目、閻魔大王様によって裁きを受けます。

 

ただ行いの良かった人は試練や裁きを受けずに天道や人間道に行くことができます。

 

もしくは仏の道を歩まれるかもしれません。

 

そして裁きを受け行き着く先は上記の6つの世界のうちの一つ。肉体が滅びても結局はこの6つの世界を永遠に回るのです。

 

これを輪廻転生と呼びます。

 

たしかに天道であれば充実した生活?を送ることができるでしょう。しかし天道でさえも命はやがて滅び、中陰を経て今度は地獄に行くかもしれません。

 

そう僕たちはこの終わりのない世界を永遠にループしているのです。つまり苦しみからは逃れられないということです。

 

ただ仏というものになればこのループから抜け出すことができます。

 

そしてその教えを知ることができる唯一の道が僕たちが生きている人間道です。だから人間道で生きる今、一日一日が輪廻転生を抜け出せるかどうかを決定付けています。

 

仏になるための行いは仏教においても曖昧な部分があります。まあ自分が良いことだと思うことをすれば良いのではないかと思います。

 

よく聞くのが徳を積むということ。

 

この徳を積んでいくことで仏になる資格が与えられるといいます。徳って何だよって話ですが調べてみると深いものがありますのでご自身で調べてみてください。

 

僕の頭の中の死後の世界

仏教の死後の世界は以上でお話したとおりです。

 

他にも浄土真宗や神道だと死後の世界の考え方も少し変わってきます。今回はそれを挙げると長くなってしまうので省きます。これからは僕の思う死後の世界を書いていきます。

 

まず根本的に死後の世界があるかないかです。僕は死後の世界はないと思います。

 

死=無です。

 

ロボットが電池がなくて動かなくなるように人も死ねば体を動かすことはできません。僕たちが今こうして意識があるのは脳が働いているから。

 

死にいたりその働きがなくなれば当然意識もなくなります。死んで、意識を働かせようにも脳が動きませんので意識を働かせることなんてできません。

 

仮に魂がありそれが残るとしましょう。

 

そしてその魂はまた生まれ変わり六道を歩みます。ただし前の記憶はもうありません。記憶があれば前世を覚えているはずですよねw

 

何がいいたいかと言うと・・・そうですね、死後の世界は存在しても意識は引き継がれないので無に等しい。

 

つまり生まれ変わるという言葉自体が死後の世界という言葉を無き物にしているのではないかということです。そしてなぜ死後の世界はあるという人がいるのかを考えて見ましょう。

 

死後の世界をあらんとする人というのは死を恐れている証拠です。その死の恐怖を逃れようとした結果、神様や仏など実在するかも分からない存在を頼ってしまうのです。

 

誰もが死を恐怖と感じるでしょう。

 

だから一人神様や仏という存在を作り上げればそれに賛同し、心のよりだかりを作ろうとするのは当然のこと。そしてそれが瞬く間に広がり仏教として言い伝えられたわけです。

 

そもそもなぜ輪廻転生のような世界(設定)を作ったのか甚だ疑問です。仏になるための試練の世界だとしたらこんなまどろっこしいやり方をしなくても良いのではないかと思います。

 

本当に仏にさせようとする気があるのなら平等に仏教の教えを聞ける機会を一つ一つの道に設け、記憶も引き継がせろよという感じです。記憶が引き継げないのに前世の行いで六道を決めるなんておかしな話なんですよね。

 

このように仏教の死後の世界がいかに人間の妄想で塗り固められたものかを露呈した問題だと言えるでしょう。

 

ただ仏の教え、人生の生き方に対する教えはとても勉強になる部分があります。なので僕はご住職の人生の生き方についての話は真剣に聞いています。

 

死後の世界のお話は馬耳東風・・・

 

いずれにしても今を一生懸命に生きることが人生だということを学ぶことができました。死後の世界があるかどうかなんて気にせず今を強く生きることを考えたほうがよっぽど良いことだと思います。

 

では今日はここまでヾ(・・ )

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。最後にイイネとかしてくれると喜びます。

 

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