人生、終活

生まれてこなければよかったって思ってるやつ!ちょっとこい

投稿日:2016年3月14日 更新日:

 

いらっしゃいませこんにちわー。ここは生まれてこなければよかった方たちが集まる憩いの場所でございますよー←大ウソ

 

はい、というわけで今回は生まれてこなければよかった方たちに向けて記事を書いていきます。

 

かくいう管理人も以前はそのようなことを考える日々を過ごしていました。管理人の過去のお話、そこから立ち直った話などこの先どうやって生きていけばいいのかの参考になれば良いかなと思います。

 

なぜ生まれてこなければよかったって思うのか

孤独

管理人のプロフィールに書いてある事ですが僕は小さな頃からアトピーを患っていました。

 

生まれた頃からこの病気を患っており毎日がとても苦しかったです。我慢出来ない痒みに襲われ、掻き傷を作ってはそこから血が流れるのをただただボーっと眺める毎日。

 

何で掻いてしまったのだろう・・掻いてできた傷の痛みに気づく頃にようやく我に返り後悔するのでした。

 

楽しいはずの学校も、その醜態をさらさなければならず、生きた心地すらしませんでした。

 

周りの人は自分をまるで化け物を見たかのような冷ややかな目で傷口を凝視するのです。

 

その視線が痛かった。冷たい視線が傷口を通して心にまで伝染し痛みが広がる感覚。

 

まだこの病気だけなら生まれてこなければ良かったなんていう感情は抱かなかったかもしれません。

 

そこから小学生になった頃に更なる悪夢が襲い掛かるのを当時の僕は知る由もなかった。

 

まさか親が離婚するなんてね。

 

僕は母親についていくことになったのですが、それから新しい父親ができるまで、そう時間はかかりませんでした。

 

そいつのおかげでさらに人生というものが苦痛になりました。

 

朝まで正座させられたり熱湯風呂に落とされたりタイキック食らわされたり、もう散々でした。僕はダチョウ倶楽部の上島でもココリコの田中でも無いんだぞってね。

 

そういえば、(この家から)「出ていけー!」が当時の父親の口癖だったかな・・

 

なんで、なんで母さんはこんな男を選んでしまったの?なんで僕をかばってくれないの?分からない。分からないよー。

 

いくら考えても当時の僕にはさっぱり分かりませんでした。

 

そしてそれは今も同じ。

 

もはや離婚の理由(おそらく母の浮気)なんてどうでもいいことですが、化け物みたいな姿で生み落とし、挙句の果てにわざわざ男を作って子の人生を狂わすよう道を選んでしまう母を、愚かだと思い、心の底から憎んでいました。

 

そして真冬の夜。いつものように暖房も効いていない、氷のように冷たい床に正座をさせられ、暖かい部屋でテレビを見て大笑いしている父親に殺意を抱きながらも、何も抵抗できない自分の非力さをただただ悔やんで、乾いたはずの涙を流すのでした。

 

この生活が約6年間続きます。

 

それから数年後弟が生まれてからはウソのように更生しましたが・・・

血のつながりってすっばらしい!(真顔)

 

弟が生まれてくるまでの期間は本当に地獄そのものでした。ここまできたら、自分はこの世に生まれてはいけなかったんだ。生まれてこなければ良かったと思いますよね。

 

あなたも今、そのような状況に陥っているんじゃないですか?

 

今よりちょっと前の僕(考えるのがめんどくさいと思ってしまうダメ人間でした)

今(2016年)よりちょっと前(3年前)はと言うと、病気は完治までとはいきませんが以前よりは大分マシになりました。

 

先述したように父親の性格もおおらかになり、ごくごく普通の家族の一員として生活するのでした。

 

ただ”何で自分は生きているんだろう”って思うことはしばしばありました。

 

一度、つらい経験をすると状況が良くなっても思考そのものが腐ったままです。トラウマと言いますか一度大きく抉られた心を修復するのは困難なのです。

 

そのせいか、周りに友達はいないし、会社は社蓄で給料はたったの14万。一日にやることといえば仕事か帰宅後の動画鑑賞ぐらい。

 

もうね、友だちを作ろうだとか、どんな会社に就職したいかなんていう意欲がまったく湧かないんですよ。

 

夢も希望もない、そんなつまらない人生。

 

思考や心が腐ったままだと、人生そのものまで腐らせてしまういい例です。

 

それでもまだ、あのような地獄の生活をするくらいなら今の生活のほうがまだましだと思えてしまう。

 

だから幸せになるための努力なんてしたくないし、どうせ足掻いても無駄だと思ってしまう。だから脳みそ空っぽにして生きたほうが精神上、楽でした。

 

たまたま周りが変わってくれたから良いものの・・

  • もしも病気が快方に向かわなかったら・・
  • もしも父親が暴力的なままだったら・・

 

僕は今この世にいなかったでしょう。

 

人生を変えるためには自分自身が行動しなければいけないのですが、僕の場合はたまたま周りが変わってくれたみたいです。

 

しかし自分で壁を越えようとはしませんでしたし、大きな壁を乗り越える力も持ち合わせていませんので、いざとなった時に対処することができません。

 

一度もやったことのない無理ゲーを突然やらされるのと同じ。

 

クリアする方法も知らなければ、それをやってみようという気力さえも起きずに放棄してしまうのです。

 

何とか壁を乗り越えたと思ったら、また目の前には壁が立ちふさがってしまうそんな日々。そう、僕が向かっていたのはゴールではなく、巨大な迷路の行き止まりだったのです。

 

普通の人は上から迷路を見て入り口と出口を見つけてあっさりゴールできるのでしょうが、僕にとってはそれが巨大迷路を身投げでやらされるようなものです。

 

ゴールがどこかも分からない状態で手探りで進んでいく。

 

自分の人生を放棄してしまったがゆえに、馬鹿でも分かるような問題に苦戦し、詰んでいくのです。

 

結果的に大人になっても苦しい状態からは抜け出せず、生きる意味も分からないまま、無気力に毎日を過ごしている自分がいました。

 

こんな思いをするなら、やっぱり生まれてこなければ良かったよ

 

人は幸せになるために生きている

希望

人が何のために生きているのかは今でも分かりません。何分、何時間、何十日考えてもその答えは見つかりませんでした。

 

ただ今働いている会社(社蓄)で生というものをよく考えさせられています。というのも僕が働いている会社というのが”葬儀屋”であり、人の死に別れを何度も目にするとそういうのをよく考えさせられるわけです。

 

正直人が死んでも悲しいという感情は沸きません。

 

所詮他人は他人、遺族の気持ちにすり寄ることもできないし、生に関する喜びがなかったので、この世からいなくなることはむしろ、喜ばしいことではないのかと思っていたからです。←不謹慎ですね、すいません、心が腐っていたんです。

 

まあ仕事だと割り切ると悲しむ余裕が無いというのが正しい言い方でしょうか。(いちいち感情移入なんてしていたら仕事になりません。ある意味天職だったのかもしれません。)

 

ただこれが自分の身に降りかかることだったらどうでしょう。生きる意味も見出せないまま、このまま死んでいくのを想像すると何とも悲しい気持ちになります。

 

家族もきっと悲しむでしょう。悲しむよね?え、(゜_゜)

 

  • どうせなら人生を全うして快く別れを告げられたい。
  • 100歳まで生きて幸せの状態で死にたい。

 

こんな腐った心でも幸せにはなりたいと、そう思ったんですよね。生まれてこなければよかったと思い、今すぐに死ぬのは勝手です。

 

ただ人は死に向かって生きているのですから放っておいてもいつかは死にます。どうせ死ぬなら幸せの状態で死にましょうよ。

 

今まで辛い経験をしてきて生まれて良かったことなんて一度もないのかもしれません。

 

しかし、考えてもみてください。

 

今まで悲観的になって、このような発想をしなかったと思いますが、生まれて良かったと思えるにはどうしたらいいか?

 

その努力をしてきたか?

 

結局、自分を悲劇のヒロインだと思って同情されたくて、でも周りは誰も振り返ってくれないそんな人生。よくよく考えたら自分は努力をしてたと勘違いして、実は努力なんてしなかった。

 

努力だと思っていたのは辛い過去と体験であり、人生を好転させるような努力なんてしていなかったのではないでしょうか?

 

成功する人の努力の概念。「成功するまで失敗する。それが努力。

 

彼らにとっては失敗と挑戦は同義です。

 

さて、こんな考えを突き付けられたら自分がやってきたものがいかに無駄なものだったのかを思い知らされます。

 

考え方の壁を感じ、それをまた悔やむのか?否。

 

今は辛いかもしれませんがそれを乗り越えさえすれば結果は変わります。逆に言えば何も行動せず今の状態を嘆いているだけでは一生、生きる意味も見出すことができません。

 

何のために生きるのかは人それぞれ。別に深く考える必要はありません。

 

それでも一つ答えを挙げるなら「人は幸せのために生きている」のだと僕は思います。

 

幸せを掴むために努力をする。それが叶ったとき、自分は生まれて良かったと思えるようになる。

 

他人から生まれてこなければよかったと言われたら

もしも自分自身ではなく他人から「お前なんか生まれてこなければよかったんだ」と言われたら。

 

僕もさすがにそのようなことを言われた経験はありません(間接的にはありますが)が、もしそんなことを言われたら相当なショックを受けるでしょうね。

 

まあそんなことを言われても気にしないことです。大切なのはこれから自分がどうしたいのかです。

 

生まれてこなければよかったと本当に思うなら死ねばいい。ただ生きたいと思うなら生きればいい。死ぬのが怖いなら生きればいい。

 

他人の言葉なんか気にせずに好きなように生きればそれでいいんです。

 

生(この世に生まれるかどうか)を選ぶことはできませんが、生き方は選ぶことができます。

 

生まれてこないほうが良かったと思っているのかもしれませんが、生まれてきた以上はそんなことを考えるだけ無駄な時間です。

 

どうやったら幸せになれるのか?どうやったら生きてて良かったと思えるのか?

 

ネガティブに考えずポジティブに考えること。

 

現実に向き合い必死に生きていけば少しずつでも変化があります。全ては因果応報で成り立っており、あなたの一つ一つの行動で幸せになるかならないかが決まっていくのです。

 

自分の生き方を考えよう

この記事を読んで幸せになるために生きたいと思うのなら、その心を忘れないでください。

 

その心を忘れない限りその先に待っているのは幸せしかありません。自分の信念の元、強く生きることを管理人は願っています。

 

僕は今幸せだとは言えませんが少なくとも生まれてこなければ良かったなどとは思っていません。やりたいことが見つかるとそんなのを考える暇なんてなくなってしまいました。

 

もしも何をやればいいのかが分からないのなら人生設計をしてみるといいかもしれません。

 

生き方を考えれば何か見えてくるものがあるはずです。

 

以下に過去記事があるので参考にしてみるよろし↓

幸せを掴むための僕の人生設計

 

p・s(2017.2.1)

相も変わらず生まれて良かったと思える日は一度もありません。

 

ただ、自分が今までできなかった、目を背けてきたことを経験することによって、色々な発見がありました。

 

その結果、一人でいるのは楽しいことだと思えるようになりました。←ぼっちかよ、それ状況変わってねえじゃねえか!

 

いえ、考え方が変わりました。今までは孤独は寂しいもの、辛いものだと思い込んでいましたが、無理に仲間を作る必要はなく一人でも有意義に生活できることを知りました。

 

生まれてこなければ良かったと思っていましたが、生まれてこなければ辛いことも経験できないと思えるようになりました。

 

まあ、それが良いのか悪いのか。人によって考え方は変わるでしょうね。でもね、人がどう思うかなんて気にしない。自分が良いと思ったらそれでいい。

 

そしていつか、生まれて良かったと思えるような日が来ることを祈り、僕は今日を生きています。

 

あなたは今、何がしたい?

 

ではヾ(ーー )

アドセンス

スポンサーリンク

アドセンス

スポンサーリンク

記事下

 

最後までこの記事を読んでいただきありがとうございました。

 

当サイトは病気の方でも前向きに、病気じゃない方でも人生をよりよくすることを願って日々記事を更新しています。

 

病気や仕事、人生についてお悩みの方は下記の「人生についての記事セレクション」を見て頂ければと思います。

 

関連記事

人生についての記事セレクション

成功の反対 1

  いらっしゃいませこんにちわー。ここは生まれてこなければよかった方たちが集まる憩いの場所でございますよー←大ウソ   はい、というわけで今回は生まれてこなければよかった方たちに向 ...

ぼっち 2

  人は孤独を嫌う。   特に日本人は集団帰属欲(人と同じような行動をしたがること)が高い傾向にあり、気の合う仲間でグループを作り行動しようとします。ただそこでそのグループに入れな ...

働く 3

  何の目標もなしにとりあえず大学に行ってそれなりの企業で働けたら良い。   ベネッセの調査では将来なりたい職業があると答えた小・中・高生は実に6割。   僕の予想よりも ...

-人生、終活

Copyright© 病気だけど人生前向きブログ , 2017 AllRights Reserved.